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「なんとなく生きづらい気がする ― 空虚感とのつきあい」

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居場所がないような感覚

孤独と疎外感が入り混じる気持ち

サイコロくん「ジーちゃん、僕、特に大きなトラブルがあるわけじゃないのに、最近ずっと“なんとなく生きづらい”って感じるんです。友達とも普通に会って話したりしてるんだけど、いまいち自分の居場所がしっくりこないというか…。言葉では説明しにくいんですけど、“ここじゃない感”がずっとついて回る気がして。」

ジーちゃん「なるほどね。具体的な大問題がないのに、どうにも馴染めないような、寂しさというか孤独感というか…。周りからは『大丈夫そうに見える』って言われていても、胸の内では“なんか違うんだよな…”って思いながら過ごしている感じかしら?」

サイコロくん「まさにそんな感じです。人と話していても、どこかで自分だけ浮いてるように思うときもあって…。別に相手に嫌われてるわけじゃないし、自分も嫌いなわけじゃないのに、“ここは本当の居場所じゃない気がする”って心がささやく感じなんですよね。」

ジーちゃん「それって、ふとした瞬間に「なんでこんなに違和感あるんだろう」ってなるもんだから、悩んでも答えが出にくいよね。そういう違和感って、無理に周りに合わせているほど余計に強まることがあるのよ。」

悩んでいるのに、具体的な悩みがわからない

言葉にならないモヤモヤ

サイコロくん「そうなんです。悩みがあるなら解決策を考えるんでしょうけど、何をどうしたらいいのかわからなくて…。むしろ、こうして“生きづらい”って言葉にするのさえ、なんだか大げさな気がして罪悪感すらあって…。」

ジーちゃん「周りから見ると、“すごく困ったこと”があるわけじゃないって思われがちだよね。『いい生活してるじゃない?』『恵まれてるのに、なんでそんなに不満なの?』なんて言われたりすると、余計に“自分がおかしいんだろうか”って責める気持ちになってしまうかもしれないわ。」

サイコロくん「そう、まさにそれです。“お前の人生そんなに悪くないだろう”って思われると、自分でも『そうだよな、そこまで不自由してないし…』って思うんですけど、どこかで常にモヤモヤがくすぶってて…。何を見ても薄いフィルターがかかったような感じというか。」

ジーちゃん「そういう感覚の中にいると、自分の好きなことや気持ちも、はっきりつかめなくなることが多いの。決して甘えやワガママじゃないと思うよ。“なんかうまく言えないけど苦しい”って思いながらも、周囲に説明しづらいから抱え込んでしまうんだろうね。」

空虚感の正体を探る

何かを失ったのか、それとも求めていないのか

サイコロくん「最近、“やりたいことって何だっけ?”って、よく自問自答するんです。でも、心からやりたいことが見つからないというか、何かが欠けているのはわかるのに、その“何か”が何なのかまったく手応えがなくて…。これが空虚感ってやつでしょうか。」

ジーちゃん「可能性はあるわね。空虚感って、具体的な形をもっていないからつかみどころがないのよ。“本当は自分が求めていたものを失った”場合もあるし、“まだ出会ったことのないものを追い求めてるのに、見つからない”という場合もある。もしくは、心のどこかが“何も求めたくない”って思っているのかもしれないし。」

サイコロくん「どれが自分に当てはまるのかわからなくて…。ただ、心の隙間みたいなものを埋めようと、SNSやゲームに没頭してみるんですけど、終わったあとにますます虚しさが増す感じがします。」

ジーちゃん「手軽に気を紛らわせても、根っこの部分が埋まっていないと、逆に虚しさが増してしまうことはあるよね。だけど、そうやって“まぎらわす時間”を必要としている段階っていうのは、悪いことばかりじゃないと思うの。“自分はなぜ、こんなに埋めたがっているんだろう?”って視点で眺めるきっかけになるかもしれない。」

居場所を探す旅の途中

結論ではなく、少しずつ足を進める

サイコロくん「たしかに、“早く見つけなきゃ”って焦っているから、余計に苦しくなる部分はありますよね。周囲では自分のやりたいことをはっきり言える人もいるし、楽しそうに生きているように見える人も多いから、比べて落ち込んでしまう。」

ジーちゃん「わかるわ。だけど、表面上楽しそうに見えても、実は同じようにモヤモヤを抱えているかもしれないしね。何より、人それぞれのペースがあるから、“いま、わからない”って状態を急いで脱出しようとしすぎると、疲れちゃうんじゃないかしら?」

サイコロくん「そうですね…。無理に“これが自分の道だ!”って決めるのも違う気がします。ゆっくり探すと言っても、ずっとフワフワしてるのは不安なんですけど…。でも、ちょっとずつでも足を動かしてみないと何も変わらないですよね。」

ジーちゃん「うん。足を動かすといっても、“夢を見つける”とか“大きく変える”とかじゃなくて、日々のなかで“これやってみたらどう感じるかな?”という、小さな実験みたいなものを積み重ねるだけでも違うかもしれない。
もちろん、それで空虚感が完全に埋まるわけじゃないけど、自分の感情の輪郭が少しずつ見えてくることはあるわ。」

まだ出口の見えない空虚感

探求自体が、次への一歩になる

サイコロくん「今は、何のために生きているのかもよくわからないし、心からワクワクできるものがないんですけど…。それでも、“これに没頭してみよう”とか“ちょっと出かけてみよう”って小さく動いてみるのは、試してみる価値がありそうですね。」

ジーちゃん「そう思うよ。答えなんか簡単には見つからないけれど、だからこそ今のこの“生きづらい感覚”をすぐに否定せず、じっくり味わってみるのも一つの方法だと思う。『どうしてこんなにも落ち着かないんだろう』『自分が欲しいと思うものは何だろう』って問いつづけることが、思いがけない気づきを運んできてくれるかもしれない。」

サイコロくん「そう考えると、今のこの不安定さも、いつか振り返れば“自分を知る過程”だったって思えるかもしれませんね。もちろん、まだ何も見えないし不安ばかりだけど、ちょっとずつ試行錯誤していこうと思います。」

ジーちゃん「ゆっくりでいいんだよ。空虚感はどうにかしようと焦ると、かえって深くなることもある。はっきりとした居場所を見つけられなくても、“ここでもない、そこでもない”と探る過程自体が、もしかしたらサイコロくんの人生の味わいになるのかもしれないね。」

サイコロくん「はい。“あいまいさを受け入れる”って難しいですけど、今はそんなスタンスでこの“生きづらさ”を見つめてみます。ありがとうございました、ジーちゃん。」

ジーちゃん「どういたしまして。はっきりしないまま進むのも、なかなか乙なものだと思うよ。」

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